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東京地方裁判所 昭和55年(タ)38号 判決 1985年3月19日

原告(反訴被告) 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 松村正康

被告(反訴原告) 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 糸賀悌治

主文

一  原告(反訴被告)と被告(反訴原告)とを離婚する。

二  被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、金五〇〇万円とこれに対する昭和五五年三月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、財産分与として、金一一六〇万円を支払え。

四  原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。

五  被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

六  訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを一〇分し、その三を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

七  この判決は主文二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一A  本訴請求の趣旨

1 原告と被告とを離婚する。

2 被告は原告に対し、別紙物件目録記載(一)の土地及び(二)の建物につき財産分与を原因とする所有権移転登記手続、または財産分与として金三五一〇万円を支払え。

3 被告は原告に対し、金一〇〇〇万円とこれに対する昭和五五年三月七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は被告の負担とする。

5 3、4項につき仮執行宣言

一B  右に対する本案前の答弁

原告の訴を却下する。

一C  本訴請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二A  反訴請求の趣旨

1 反訴原告と反訴被告とを離婚する。

2 訴訟費用は反訴被告の負担とする。

第二当事者の主張

一A  本訴請求の原因

1 (離婚請求について)

(一) 原告と被告は、昭和三四年一二月一一日婚姻の届出を了した夫婦であり、別紙物件目録記載の土地建物(以下本件土地建物という)に同居し、被告は会社に勤め、原告は家庭に居て家事に従事し、平穏な生活を営んでいた。

(二) 被告は、昭和四九年三月二七日朝、「今日から家出する」と言って、約一七五万円ある普通預金通張と印鑑をもって突然家を出た。当時、原告は、喘息発作で酸素吸入を必要とし、再三入院するような病状にあり、被告に対し思い止まるよう懇願したが、被告は、これを振切って家出した。被告は家出直後月二、三万円の生活費用を渡したのみで、昭和五〇年四月七日以降は、東京家庭裁判所から婚姻費用分担金として月五万円の支払いを命ぜられても、自主的な支払いをせず、原告の強制執行により昭和五三年一〇月分まで支払っているに過ぎない。

よって、被告の右行為は民法七七〇条一項二号の悪意の遺棄に該当する。

(三) 原告は、被告に対し同居を求めたが、被告はこれに応ぜず、昭和五〇年六月一二日東京地方裁判所昭和五〇年(タ)第二一二号をもって離婚請求訴訟を提起した。同裁判所は昭和五四年四月二七日に被告の請求を棄却する判決を言渡し、右判決は確定した。右判決の理由は、原・被告間の婚姻破綻の主たる原因は、正当な理由もなく、家出をした被告の所為にあるとするものであった。

(四) 右判決を受けた後、被告は、同日夜九時ころ、当時原告の住んでいた杉並区和泉《番地省略》所在の家に突然来て、「おれは覚悟して来た、殺してやる」と言い、暴力を振るような態度に出た。そこで、原告は、身の危険を感じ、家を飛び出して警察に救いを求めた。

昭和五四年四月二九日夜九時ころ、被告は、原告の居た右建物の雨戸をこじあけ、ガラス戸を蹴破って入って来て、原告を捕えた。この時も原告は家を飛び出し近所の人の助けを求めたが、呼吸困難となり救急車で病院に運ばれた。

同年六月三〇日、被告は原告に対し、電話で「ふざけるな、覚悟しておけよ」と捨てぜりふを述べて電話を切っている。

(五) 東京家庭裁判所の審判(昭和五四年(家)第七四七三号夫婦同居申立事件)の席上、被告は「同居しても生活費は出さないし、原告の出した茶は飲まない」などと言い、同裁判所は、被告のこの申立を権利の濫用であるとして却下する審判を昭和五四年一一月二〇日なしている。

(六) このように、被告は、前記敗訴の判決を受けた後、原告との同居に努力せず、前記のような言動に出ていて、これに応じない原告に責はない。そこで、原告は、原・被告間の婚姻は現在も破綻状態にあり、将来もこれが回復される見込みがなく、婚姻を継続し難い重大な事由があるので離婚を決意するに至った。

よって、原告は、民法七七〇条一項二号、五号に基づき被告との離婚を求める。

2 (財産分与請求について)

(一) 原告は、被告と婚姻以来被告が家出をするまで、被告に協力して家庭の維持に努め、双方の協力により、被告名義で別紙物件目録(一)、(二)記載の土地建物(本件土地建物)及び被告の本籍地の近くにある茨城県石岡市《番地省略》に宅地四六三・六三平方メートル、木造鉄羽葺平家建六九・四二平方メートルを買い求め、そのほか現金預金等(総額約六六〇万円)を取得した。

(二) 本件建物は、その建築資金の金額(昭和三四年当時約二八万円)を原告が実母から贈与を受けて支払い、建築したものであるが、税金対策上被告名義にしたものである。

なお、本件土地建物の時価は約三五一〇万円である。

また前記本籍地にある土地・建物は、被告が昭和五四年九月二日に原告に相談なく勝手に同人の妹に贈与した。

(三) 原告は、本件土地建物を自らの資金又は協力によって取得し、ここを永住の地と考えており、また、現在健康にすぐれず、生活保護を受けている。これに反し、被告は、右土地建物から飛出して、前記現金等のうち約五〇〇万円を持出し、更に、本籍地の土地建物を処分して相当の利得を得ている。

よって、原告は、清算的財産分与及び扶養的財産分与として、本件土地建物の分与又はこれと択一的に金三五一〇万円の分与を求める。

3 (慰藉料請求について)

(一) 被告は、原告と話合をすることなく、何ら理由を告げず、家を飛び出し、原告を遺棄し、その後、原告が調査したところ、こともあろうに原告の亡くなった実弟の未亡人乙山春子と内通して、原告に秘して金品を送ったり、同女宅に泊ったりしていることが判明した。

(二) 更に、被告は家出後、原告に離婚を強要し、調停を起し、前記訴訟を提起したほか、原告に生活費を送らず、原告に対し物心両面からの苦痛を与えた。

(三) このように、原告は、被告の一連の行動により婚姻生活を破綻せられ、離婚を決意せざるを得なくなった。これにより原告の受けた精神的苦痛は極めて大きく、右苦痛を慰藉するには金一〇〇〇万円をもってするのが相当である。

よって、原告は、被告に対し、慰藉料金一〇〇〇万円とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五五年三月七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

一B  被告の本案前の主張

被告は、原告に対し昭和五〇年六月一二日離婚の訴を提起し、該事件の被告であった原告は、被告が昭和四九年三月二七日自宅を出た事実をとりあげ、婚姻関係破綻の責任は被告にあると主張していた。而して、裁判所は被告の請求を棄却する判決を言渡し、右判決は確定した。右事件の被告であった本件事件の原告が本件訴訟において主張している請求原因事実は、先の離婚事件において反訴の事由として主張することを得べかりし事実であるから、右事実に基づいて独立した本件訴訟を提起することは許されない(人事訴訟手続法九条二項)。よって、原告の本訴は却下されるべきである。

一C  右に対する原告の答弁

1 人事訴訟手続法九条二項の規定する反訴の事由として主張することを得べかりし事実とは、その事実が存在するだけでなく当事者がそれを事由として反訴を起こさないことが公益的にみて婚姻関係を不当に不安定にさせるもので、当事者が故意にそれを意図しているような場合でなければならない。原告は、被告の悪意の遺棄によって婚姻が破綻状態にあることは認識していたが、前訴が係属中は離婚の意思がなく、被告が敗訴すれば、反省をして円満な家庭生活が回復することもあり得ると考えていたものである。しかるに、被告は敗訴後も全く反省の態度のないことが判明したので離婚を決意したのである。従って、原告は婚姻関係を不当に不安定にする意図はなく、前訴において、反訴を提起することができない状態にあったのであるから、婚姻を破綻させるような事実があったとしてもそれは本条の主張することを得べかりし事実には該当しない。

2 仮に、原告が後訴において主張する事実が、前訴において反訴として主張できる事実であったとしても、原告は、前訴後の被告の態度をも主張して婚姻を継続し難い重大な事由があると主張しているのであるから被告の主張は失当である。

一D  請求原因に対する認否

1 (離婚請求について)

(一) 請求原因(一)の事実中、結婚後平穏な生活を営んでいたことは否認し、その余の事実は認める。

(二) 同(二)の事実中、被告が昭和四九年三月二七日家を出たことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三) 同(三)の事実は認める。

(四) 同(四)の事実は否認する。

(五) 同(六)の主張は争う。

2 (財産分与請求について)

(一) 同(一)の事実は否認する。

本件土地建物は、被告が前に住んでいた桜上水の宅地を売却した代金で買入れたものであり、被告の本籍地近くにある宅地は被告の先代が買った土地であり、建物は被告の母が管理していた貸地の賃料から支払ったものである。また預金は合計四一〇万円程度であり、内金一六〇万円は原告に渡してある。

(二) 同(二)の事実中、本件土地建物の時価が約三五一〇万円であることは認めるが、その余の事実は否認する。

建物については、原告が持参した金二八万円を一時流用して建築したが、これは被告から原告に返還して原告はこれを銀行に預金し、その預金は被告が自宅を出るときに被告から原告に交付した金一六〇万円の預金通帳の内に含まれている。また、本籍地にある土地建物は原告には全く関係がない。

(三) 同(三)の主張は争う。

3 (慰藉料請求について)

(一) 同(一)(二)の事実は否認し、(三)の主張は争う。

二A  反訴請求の原因

1 反訴原告と反訴被告は、昭和三四年一二月一一日婚姻の届出を了した。

2 反訴原告は、先に反訴原告より提起した離婚事件につき、昭和五四年四月二七日反訴原告敗訴の判決があったので、同日晩に反訴被告と夫婦生活を正常の状態に戻そうと考えて反訴被告の住居に帰った。ところが右住居に居た反訴被告は、反訴原告の顔を見るなり外に飛び出して反訴原告が話合いをしようとしてもその余地を与えなかった。反訴被告は、その晩は柏市の姉のところに行ってしまった。

3 反訴原告は、その晩は自分の家に泊り、翌二八日に一旦大塚に借りていたアパートに帰り二九日の晩再び自分の家に帰ったところ、反訴被告は、そこに帰っていたが内から鍵をかけて呼びかけても鍵をあけてくれなかった。反訴原告は、やむなく硝子を破って入り反訴被告と話し合おうとしたが反訴被告は玄関から逃げ出し、追いかけて引き止めようとしたが帰ろうとしないで救急車を呼んで大塚病院に入院してしまった。

4 その後、反訴被告の所在は不明であり、反訴原告と反訴被告との婚姻関係の破綻は反訴被告がつくっている。

よって、反訴原告は、反訴被告の行為が悪意の遺棄又は婚姻を継続し難い重大な事由ある場合に該当するものとして反訴被告との離婚を求める。

二B  反訴請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実中、反訴原告に反訴被告との夫婦関係を正常な状態に戻そうとする意思、話合いをしようとする意思のあったこと及び反訴被告がその晩柏市の姉の所に帰ったことは否認し、その余の事実は認める。

3 同3の事実中、被告が話し合おうとしたことは否認し、その余の事実は認める。

4 同4の事実中、反訴被告が所在不明であったことは否認し、その余の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  (本案前の主張について)

被告(反訴原告、以下単に被告という)は、原告(反訴被告、以下単に原告という)が本訴離婚請求において主張している事実は、被告が先に提起した東京地方裁判所昭和五〇年(タ)第二一二号離婚請求事件(以下前訴という)の口頭弁論終結時までに生じた事由であって、前訴において反訴の事由として主張することを得べかりし事実であるから、これらの事実に基づき独立に本訴を提起することは人事訴訟手続法九条二項により許されず、本訴は却下されるべきである旨主張するので判断するに、《証拠省略》によれば、被告は、昭和五〇年六月一二日前訴を提起し、昭和五四年四月二七日被告(前訴原告)敗訴の判決がなされ、これが確定したこと、右判決においては、原・被告間の婚姻関係は破綻しているところ、その主たる原因は正当な理由もなく家出を敢行した被告の所為にあり、被告は有責配偶者であるとされたこと、前訴において、原告は被告の離婚請求について被告が昭和四九年三月二七日理由もなく家出し、同居協力義務の履行を一切拒絶し、原告を悪意で遺棄したものである旨主張し、被告の離婚請求の棄却を求めていたことが認められる。

ところで、人事訴訟手続法九条二項は、同条一条と相まって、婚姻事件訴訟においては、同一の婚姻関係に関する同種事件に属する請求を集中し、これを迅速に解決するとともに、その全面的安定を図ることが特に強く要請されることから訴訟の集中に抵触する別個独立の訴の提起を禁止するのであるが、この失権的効果が生ずるのは、前訴の事実審の口頭弁論終結の時までに存在した事実に基づく主張にかぎられる。これに反して、右口頭弁論の終結後に生じた事実に基づく主張は、前訴に併合し又は反訴として提起する機会がなかったのであるから、失権的効果を受けることがないこと明らかである。そうだとすると、原告は、本訴において、前訴の口頭弁論終結時までに生じていた事実をもって新たに離婚請求は提起することができないわけであるが、本訴において原告が主張する事実は、前訴の口頭弁論終結後の事情をも離婚原因として主張していること明らかであるから、この限りにおいて、前記失権的効果は受けないのであるから原告の離婚請求を却下するのは相当でなく、被告の主張は採用できない。

二  そこでまず本訴反訴請求中離婚請求について検討する。

《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

1  原告と被告は、昭和三四年夏ころから同棲を始め、同三四年一二月一一日に婚姻の届出を了して夫婦となった。

2  原、被告間には子供がなく、被告は養子を迎えることを希望していたが、原告の賛同が得られず、実現しなかった。しかし、当時は、この養子問題だけから原、被告の大きな対立が生ずるまでのことなく、昭和四八年ころまではさしたる破乱もなく平穏な夫婦生活を送っていた。

3  昭和四九年三月二七日朝、被告は、突然原告に対し、家出をする旨言い置いたうえ、被告名義の普通預金通帳(額面約一七〇万円)と印鑑等を持ち、原告名義の預金通帳(額面約一六〇万円)と印鑑を置いたまま、原告が制止するのも振り切って家を出てしまった。

4  原告は、被告の所在をあちこち探し、ようやく連絡がとれた後の同月末に、話し合いたいので自宅に帰って来て欲しい旨伝えたところ、被告は、協議離婚届に署名捺印しない限り家に帰らないと主張し、その後も何度か家を出たり入ったりしていたが、帰宅のたびごとに、原告に対し、離婚を迫った。

5  やがて原告は、被告の家出後、被告がかねて原告の弟である訴外亡乙山春夫の妻乙山春子方に原告に内緒で金員を送っていたことや家出後同人方へ単身宿泊したことを知り、被告と乙山春子との不貞を疑うようになったことから被告の態度は一層硬化し、同年六月二二日には他にアパートを借り受けたうえ、同所で生活を始めるに至り、以後今日まで別居状態にある。

6  被告は、昭和四九年六月二五日東京家庭裁判所に対し離婚調停の申立をしたが、同年一〇月二三日不調に終った。他方、被告は、家出後、原告に対し月二、三万円程度を渡していたが、右調停が不調になるとそれすら渡さなくなったので、原告は、東京家庭裁判所に対し婚姻費用分担の調停を申立てたところ、昭和五〇年四月七日、「被告は、原告に対し婚姻費用の分担として、昭和四九年一一月二日から原、被告の婚姻且つ別居中一か月金五万円宛を支払え。」との審判がなされた。そこで、被告は、同年六月一二日東京地方裁判所に前訴を提起するに至ったが、その際、婚姻費用として昭和五〇年四月分まで支払ったが、その後支払いをしないまま過ぎた。その後原告は強制執行により昭和五三年一〇月分までようやく支払いを得たが、以後支払いのないまま今日に及んでいる。

7  前記のとおり、昭和五〇年六月一二日、被告は前訴を提起するに至ったが、原告は終始一貫被告との婚姻の継続を望んで応訴した。同訴訟は、昭和五四年四月二七日、被告の請求を棄却する旨の判決が言渡され、右判決は確定した。右判決は、原、被告間の婚姻は破綻し、しかも回復の見込みも無いに等しい状況にあるものと見るほかないとしたうえで、原、被告の婚姻が破綻した直接的、決定的な端緒は、昭和四九年三月二七日の被告の家出にあるところ、右時点においては、原、被告間においては、婚姻を継続し難い程の重大な事由があったものとは認め難く、離婚のための一布石を置くべく一方的に敢行されたものとみる以外に、これといった理由、とりわけこれを正当とすべき理由もなく、結局、婚姻関係が破綻するに至ったことの主たる原因は、正当な理由も見られないのに急ぎ家出を敢行したことに始まる一連の被告の所為にあり、被告の請求は、いわゆる有責配偶者からの離婚請求として、これを認容し得ないとしたものである。

8  原告は、前訴判決では原、被告間の婚姻は破綻しているものとされてはいるものの、婚姻生活の回復のため、被告の真摯な反省と努力に一るの望みを抱き、前訴継続中及び前訴判決後もこれに望みを託していた。

ところが、被告は、前訴の判決のあった昭和五四年四月二七日の夜九時過ぎ、何の前触れもなく、突然当時原告の住んでいた杉並区和泉《番地省略》の自宅にやって来た。原告は昭和四九年一〇月ころ、同様に被告が突然帰住し、玄関の戸を開けるや被告に顔面を殴られたことがあったことから、同夜もすぐには玄関の戸を開けず様子を窺いながら寝巻から洋服に着替えていた。すると、被告は、同家屋の庭に廻り、雨戸をこじ開けて入って来たので、原告は突嗟に素足のまま戸外に逃げた。そして、再び原告は、自宅に戻ってみたがまだ被告は同家に居たのでそのまま交番に行き、警察官とともに自宅に戻り、警察官に仲介してもらった。警察官が帰った後、被告は、「俺は覚悟して来た。殺してやる。話をしても分からないのだから分かるようにしてやる。ここへ座れ」などと言い、原告が「話があるなら座って下さい。私も座るから」と言ってもじりじり近寄り、玄関の方まで追いつめ、原告は再び交番に逃げ込み、その晩は警察暑で夜を明かすことになった。

同月二九日午後九時ころ、再び被告は、原告方にやって来て、雨戸をこじ開け、鍵のかかっていたガラス戸を蹴破り侵入して来た。原告は戸外に逃げ出したが、被告は、これを追いかけて原告を捕え、逃げようとする原告を自宅に引きずり返そうとする被告の間でもみ合いとなったが、原告は、かけつけた近所の知り合いに一一〇番か救急車を頼み、そのまま呼吸困難となり意識を失ない、救急車で病院に運ばれ、発作性頻拍症で同年五月一日まで入院した。退院後、原告は、千葉県柏市内の実兄宅に身を寄せ、その後実兄とともに前記杉並区和泉の自宅に戻ったが、被告は、これを嫌い、原告の実兄に帰るよう主張したことなどから、同月三日、原告は実兄とともに自宅を出て、原告は友人宅を転々としていた。

9  このようなことから、原、被告間の婚姻生活は、前訴判決後も好転をみず、同月四日、原告は、東京家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申立て(同年八月二一日取下)、他方、被告からも、同月中旬同裁判所に夫婦同居の申立がなされた。

同年六月一一日調停委員の勧めもあり、原告が前記和泉の自宅に戻り、その間被告は、アパートに住み、当分は原告の自宅に近寄らないようにするということになり、同月一二日原告は和泉の自宅に帰った。

その後、同年九月初旬、被告から原告に対し電話で「西側の部屋に全部原告の荷物をまとめろ、東側の部屋は空けておけ、今夜見に行く」と言ってきた。そこで、原告は、同じようなことを繰り返したくなかったため、再び家を出て知人、親戚宅を転々とし、現在は柏市の実兄宅に身を寄せ、被告は、前記和泉の自宅に住み今日に至った。この間、被告は、一方では原告との同居を求めながら、家庭裁判所の審判の席上原告と同居しても生活費は渡さないし、原告の入れたお茶一杯飲みたくないと陳述し、審判廷で立上って原告に威力を示し、皆に制止されることもあった。このため、被告が申立てた夫婦同居申立事件につき、東京家庭裁判所は、昭和五四年一一月二〇日、被告の原告に対する憎悪の情が顕著で、真意による同居請求とは認められず、原告が同居に応じられないことは首肯しうるとしたうえで、被告の右申立は権利の濫用として却下した。

10  このような中にあって、原告は、当初被告の真摯な反省と努力に一るの望みを託したが、次第に原、被告の夫婦生活の回復に失望し、遂に離婚を決意し、本訴を提起するに至り、現在では、原、被告ともに離婚の意思は固い。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によれば、原、被告の婚姻生活は前訴当時において既に破綻し、その回復の見込みも無いに等しい状況にあったものと見るほかないが、その破綻の主たる原因は前訴判決の述べるとおり正当な理由もなく突然家出した被告の所為にあったことは明らかである。しかして、前訴においては、被告からの離婚請求は、いわゆる有責配偶者のそれとして請求を棄却されているところ、前訴においては、原告は終始一貫離婚には反対し、反訴を起こすこともなく推移し、原告において被告の真摯な反省と努力に望みを託し、婚姻の回復を期待していたことも前記認定の事情のもとでは理解できないわけではなく、進んで判決後の事情を見ると原告にも被告を拒否する態度があったことは否定できないところであるが、それにも増して、被告の判決直後からの言動は、真に自己の所為を反省し、円満な夫婦生活の回復を願う者の採るべき行動とはほど遠く、原告をして夫婦同居を拒否させても無理からぬところがあると言わなければならず、むしろ、被告の言動は単に原告を憎悪し、嫌がらせ的に同居を望んだものと評せざるを得ない。かくして、前訴判決前の被告の言動に加え、判決後の被告の一連の所為を併せ考えると、原告が被告との婚姻生活に失望し、離婚を決意せざるを得なくなったとしてもその主たる責任は前訴判決前後の被告の言動にあると言わざるを得ない。そして、今や原、被告において離婚を望んでいる以上その円満な回復は絶望的である。

以上のとおりであるから原、被告間の婚姻は、これを継続し難い重大な事由があるというべく、原告の本訴離婚請求は理由があるのでこれを認容すべきである。

これに反して、被告の反訴離婚請求は、前記のとおり、前訴判決後、被告の言動に対し、原告が拒否的態度をとったことが悪意の遺棄に該当するとはとうてい認められず、又、原、被告間の婚姻がこれを継続し難い重大な事由があること前示のとおりであるが、その主たる原因が被告の言動に帰因するものである以上いずれにしてもこれを認容するのは妥当でなく、棄却を免れない。

三  慰藉料請求について

右によると、原、被告間の婚姻生活は主として被告の責任により破綻するに至ったものというべきであるから、被告はこれにより原告が受けた精神的苦痛を慰藉すべき義務があるものというべきところ、前記認定の諸事情及び後記認定のとおり原告が相応の財産分与を受けることなど本件にあらわれた諸般の事情を総合すれば、原告の右苦痛は金五〇〇万円をもって慰藉するのが相当である。

四  財産分与請求について

《証拠省略》を総合すると次の事実が認められる。

1  被告は、東北大学理学部を卒業後、丁原工業専門学校の文部教官として勤務した後、実用新案のノート等の製造販売を始め、昭和三四年九月から戊田工業株式会社に勤務し、次いで同四三年からは甲田工業株式会社に嘱託として勤務を始めたが、同五三年四月同社を退職した。一方原告は、永らく病気(結核)により宇都宮療養所に入院(昭和二八年退院)していたが、被告と婚姻後も喘息など病気がちのため職に就けず、専ら家事労働に専念していた。

2  昭和四九年、被告が家出をした当時の被告の収入は平均して手取り月額約金一五万円の給料のほか茨城県石岡市にある土地等の賃料相当額として月額約四万円の収入があった。被告は原告に対し給料全額を渡し、原告はその中から生活費への支払いや預金等のやり繰りをして家計を維持した。

3  被告は、原告との婚姻前すでに家督相続により茨城県石岡市に数筆の土地を所有していたが、原、被告婚姻後の昭和三五年五月六日に本件建物を、昭和四四年一二月二四日に本件土地(右家屋の敷地)を買い求めたほか、昭和四六年六月一〇日茨城県石岡市総社に木造鉄羽葺平家建居宅六九・四二平方メートルを売買により取得した(なお、この建物は昭和五四年九月二日その建物の敷地で被告が相続によって所有していた宅地二九八・六四平方メートルとともに被告の親族である訴外丙川松夫等に贈与された)。なお、右杉並区和泉の建物を建築するに当って、原告が被告と婚姻するに際して原告の実家から持参した約三〇万円がその資金に充てられた。

また、被告が昭和四九年三月二七日家出をした当時、原告名義の預金(額面約一六〇万円)、被告名義の普通預金(額面約一七〇万円)、その他の預金約一〇〇万円(これは、昭和五五年七月二九日付被告準備書面において被告の自認するところである)が存したが、被告は右家出に際して、これらのうち原告名義の預金(約一六〇万円)を原告に残し、その余は、被告において持ち出した。

ところで、前記杉並区和泉《番地省略》の宅地につき、原告が昭和五七年七月ころ不動産業者に当時の時価を見積ってもらったところ、全体で金二一〇〇万円ないし金二二〇〇万円程度という評価を得たが、被告が同年六月見積ってもらったところ、右宅地及び建物で総額金三五一〇万円の評価を得ている。

4  原告は、現在肩書住所地に居住し、その後も喘息などのため体調もおもわしくなく、昭和五七年には乳がんで手術を受けるなどし、前記婚姻費用として命じられた被告からの送金もなく、昭和五七年一〇月ころから生活保護を受け、その他友人、兄弟らの援助を受けて生計をたてているが、今後自ら働いて収入を得ることは殆んど期待できない。

5  被告は、現在、前記杉並区和泉《番地省略》の居宅に居住し、昭和五七年ころから丙田大学教育学部の聴講生として活性汚泥法の解析と予測の研究に従事し、従って収入はなく、兄弟から生活費の援助を受けるなどして生活している。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右に認定した各事実及び前示二において認定した諸事実、その他本件にあらわれた一切の事情に基づき本件財産分与請求について検討する。

1  まず、原告と被告が婚姻中協力によって得た財産について離婚に際し公平に清算するという観点から検討するに、前記認定した各事実によれば、原告と被告が婚姻中協力によって得た財産のうち原・被告別居当時存したものとしては、本件土地建物及び預金合計約四三〇万円がその主なるものと認めるのが相当であるところ、これらの財産の清算は、双方の財産形成上の寄与度の割合に応じてなされるべきである。しかるとき、上記認定の各事実によれば、原告と被告の婚姻中の共同生活は、専ら被告の稼働による収入によって維持されており、原告は家事に専従していたことが明らかである。そして、原告の家事専従期間(婚姻から別居時まで)も約一四年であったことも併せ考えるとき、原告の財産形成上の寄与度はおおむね四割と認定するのが相当である。そこで、右清算の対象となる財産について検討するに、本件土地建物ついては、原、被告双方においてその評価額は異なるがそれらを総合すると少なくとも合計金二五〇〇万円と評価するのが相当であり、従って、右土地建物につき、金一〇〇〇万円相当分が原告に分与されるべきであり、預貯金等合計四三〇万円については、そのうち金一七〇万円が原告に分与されるべきである。ところで、右土地建物については、その財産分与の方法として現物によるよりも金銭をもって清算するのが相当であり、以上によれば、清算的財産分与として被告が原告に分与すべき金額は合計一一七〇万円となる。

2  財産分与にあっては、右のほか離婚後の扶養という観点からも検討を要すべきところ、その生活状況からみると、被告も安定した生活を送っているとは言えないが、原告は、それにも増して病弱のうえ、困窮した生活を余儀なくされていることは否定し難く、その年令、健康状態から今後稼働することも極めて困難である。従って、被告は、原告に対し離婚後の扶養という意味でも財産分与をすべきであるといわねばならない。しかして、本件離婚原因は、被告に専らその有責性が認められること、その他の諸事情を斟酌するとき、その財産分与額は金一五〇万円とするのが相当である。

3  以上によれば、清算的財産分与と扶養的財産分与の合計額は金一三二〇万円となるところ、原告は、被告が家を出るに当って被告が残していった原告名義の預金約一六〇万円を受領しているから本件財産分与においては前記金額からこれを控除するのが相当である。

よって、被告から原告に対し本件離婚に伴う財産分与として金一一六〇万円を分与するのが相当である。

五  以上の次第であるから、原告の本訴離婚請求は理由があるので認容し、被告の反訴離婚請求は理由がないのでこれを棄却し、原告の財産分与請求については、被告から原告に対し、金一一六〇万円を分与し、これを支払うのが相当であると認め、原告の慰藉料請求については、被告に対し、金五〇〇万円とこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和五五年三月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 髙野芳久)

<以下省略>

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